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月末からここ一週間にかけてデスクワークに励んでいる。と言うか机に拘束されていると言っても過言じゃない。
過去資料やら現段階で進められている体制の説明書やら、始末書やら、過去犯罪履歴の個別情報にも目を通してカタカタとキーボードを鳴らしている始末。もう限界だ。一護は眉間を指で挟んで柔らかく押して目の疲れを取ろうとした。
一日中机前に座ってパソコンと資料を交互に見る。睨みつける様な面持ちは一護の眉間に皺が濃く刻まれている為だ。第三者から見れば怒っている様に見えても仕方無い面持ち。流石に可哀相だと思ったのか、相方でもある恋次が半休を無理に取ってくれて午後からは家に帰れる。借りは作りたくなかったが正直助かった。無愛想にも取れる態度で有難うと口に出して言えばいーえ、と不敵に笑われ、尚且つ頭を撫でられたので脛に蹴りを入れて部署を後にした。

寒いと言うよりかは痛い。
真冬の二月、ダウンコートと手袋、そしてマフラーだけでは寒さは凌げない。田舎から出てきた一護は都会の冬の寒さを舐めきっていた。
温度は田舎より劣るが、ビル風が思っていた以上に強く、そしてアスファルトで埋め尽くされた街中では下からも横からも冷たい外気が身体を蝕んでしまう。十分に冷たくなったアスファルトは足元から徐々に体温を奪っていく感じだ。靴下二枚履いてくるべきだったろうか。末端の冷え性でもある一護はぶるりと身体を震わせ、肩をすくめる。
雪は、降るだろうか。
ハア、と吐き出した息が真っ白く変化して空へと舞うのをなんとなしに見上げた。太陽の光りは分厚い層積雲で阻まれているから、時々光りを主張しては地上へと降り注がれてなんだか光りの切れ目から天使が降りてきそうな神秘さを見出す。
どうすっかなあ…。今日も残業覚悟で出社したので予定が浮かばない。明日は午後勤だから夜の10時に寝れたら8時間以上は睡眠できる。あまりダラダラと長い時間睡眠を貪るのは良しとしない。現在時刻は午後14時を少し過ぎた頃。

「……遅めのランチ、かな」

そういえば資料を片付けるのに精一杯で昼食を忘れてたと気づき、腹を押さえながら家とは逆方面の道へと足を進めた。


繁華街を抜ける大通りを渡って一つ目の路地裏に入った2ブロック先の建物の地下。
真っ白い壁と真っ白い階段手摺、しかし天井は焦げ茶色で塗りたくられているからアメリカ風カントリーを連想させる。
一段ずつ降りていけば鼻腔を掠めるのは珈琲独特の香り。すんと鳴らした鼻に珈琲以外の暖かな香りが入ってきて途端に腹の虫がクウと鳴った。忙しさにかまけて朝から何も口にしていない事を思い出す。そういえば、出勤前に飲んだレッドブルくらいだなあ……そんな一護を咎める様に再びクウと腹が鳴る。狭い通路、一護の後ろからは誰も降りてこない事を確認して笑う。
階段を下りきった先にあるのは焦げ茶色の扉で、少し重たい扉を開けば聴き慣れた音が鼓膜を揺さぶる。
カランと鳴る銅金メッキ加工されたドアベルの重たい音。その後に耳へと入るのはジャジーな音楽。あ、聞いた事あるなあコレ。羽織っていたコートのポケットに冷えた手を突っ込んだまま扉をくぐった。

「あ!いらっしゃいませ!お久し振りですね」

音楽と共に降りかかった声。いつでも楽しそうに明るく接客してくれるウエイトレスは顔馴染みとなっていた。
緩やかにかかったウェーブの長い髪の毛は甘いミルクティブラウンで、彼女自身もバニラエッセンスに似た甘い香りがする。決してくどくも無い香りは店の雰囲気とマッチしていた。
春から芸術大学に通っていると言う彼女はランチの時間帯にカフェーRENTーに通う一護を丁寧に接客してくれるから実は一護のお気に入りだったりする。
女性に対して年齢を聞くのはマナー違反な為聞いてはいないが、きっと一護の妹達と同じくらいの年だろう。元来長男気質な一護は彼女(井上織姫)を妹の様に可愛がっていた。

「おう井上さん久しぶり。席、空いてる?」

平日の昼間、繁華街からもオフィス街からも離れた場所にあるこのカフェはお世辞にも客足が多いとは言えなかった。とはいえ、夜に営業するBARが昼間の時間帯にカフェをやろうと営業方針を変えたのだから仕方無いだろう。メインは夜と重視しているRENTはもっぱら、ランチタイムはがらんがらんに空いている。それがどうした事か、今日は満席とまではいかないにしろ席は疎らに埋まっていた。
カウチソファのあるテーブル席が3つと、パーソナルソファのあるテーブル席2つ、そしてカウンター席。
席を埋めているのは大半が女性客ばかりだ。なんだ…結構な繁盛っぷりだけど…女性だけって…。
なんだか甘ったるい雰囲気に圧倒されて居た堪れなさを感じてしまった一護は心なしか一歩だけ後ずさった。

「ごめんなさい…今、カウンター席しか準備できないんですけど……大丈夫ですか?」

店内を見渡して申し訳無さそうに眉を下げた井上と視線がかち合う。彼女の栗色の瞳が「折角久しぶりに来てくれたのに…」と物悲し気だったので一護は咄嗟に首を振った。

「いや、大丈夫。どうせ一人だしな。カウンターでも構わないよ」

一護の一言にパアっと明るくなる。笑顔がとても可愛らしくて一護も習って笑って見せた。

「それじゃあどうぞ、黒崎さん」

レジ横からメニューブックを取り、黒いシックな前掛けエプロンのポケットに入れた伝票を確かめる様に触れて井上は右手を伸ばし案内する。
思えばここ2週間くらい通う足を止めていたなあ。久しぶりに視界へと映す見慣れた店内が今日はどこか違う店の様に見える。
きっと、こんなに沢山の客が入ってる場面を久方ぶりに拝んだからだろう。多少失礼な事を思い、案内されたカウンター席に腰を下ろした。

「決まったら声かけてくださいね」
「有難う」

差し出されたメニューブック、水とおしぼりを受けて微笑み返した。



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